2013年05月07日

90年代の全日本プロレス

ある雑誌の表紙である。
えげつない角度のバックドロップ、なんて表現が相応しい。
もしくは、投げっぱなしジャーマンかも。


三沢は何度も投げられ、その都度、起き上がり、エルボーで相手をぶっとばしてきたのだ。

改めて合掌。

あのころの全日本プロレスを見れたことは一生の宝だよ。
本当にそう思う。
今を嘆くより、あのころを語ろう。
三沢の不在を悲しむより、生きている川田の、小橋の言葉を聞こう。

posted by ガレージランド at 20:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

野村、惜しい W杯決勝敗退

野村惜敗

この時代の真の天才、野村。
我々、凡才にはわからない、あっち側に近い人。
単純には比べられないが、同世代のイチローにも勝るとも劣らないと思っているんだが。
輝くためにやっているじゃなくて、もっと遠くを見たいからやっている感じ、そこへ向かっている時の苦悩と恍惚、野村を通してしかみることができない、それを見ているしかできない私だが、あっちの世界がどうなっているか見せてもらうためにもっと野村を応援している。
posted by ガレージランド at 09:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

追悼 ラッシャー木村 義兄弟コンビへのマイクコールが聞こえる。「渕、待てよ、おい、来年こそいい嫁さん探してやるからな」

ラッシャー木村が亡くなった。68歳だった。腎不全を患っていたらしい。

ラッシャー木村を語る時、その人となりを想像するには口下手な朴訥とした人の良いおじさんが適当だ。

国際プロレスのエースだった木村は、国際プロレスが会社として潰れた後、新日本プロレスのマットに登場した。
それは「はぐれ狼軍団」とも呼ばれた、木村、寺西勇、そしてアニマル浜口の3人だった。
これが世に言う「こんばんは」事件である。
「おーっとここで、元国際プロレス軍団の乱入だ」という実況は、台本通り、あの日から新日と元国プロとの抗争が始まるという場面であった。
そして木村が猪木に向かって「挑戦状をたたきつける」という儀式になる予定であった。プロレスの儀式である。そこはヤクザの抗争にもにた、仁義なき戦いのような荒々しい血の匂いがしなくてはいけない。
「こんばんは、ラッシャー木村です」
この普通の、ごくごく普通の事実から木村は始めてしまった。
マイクを握り、なにかの会合の挨拶でもするように。

そのすぐ後に、ビートたけしのオールナイトニッポンで「プロレスなのに「こんばんは」なないだろう」なんて言われていた。

その後の軍団抗争もどこかちぐはぐで、猪木一人対元国プロ3名のハンディキャップマッチとか、どこか間抜けでかっこうが悪い抗争がちょっとだけ続いた。
いつのまにか木村は消えて、浜口さんと寺西は維新軍団に入っていた。

再び木村が登場するのはジャイアント馬場のタッグパートナーとしてだった。年末の世界最強タッグの馬場のパートナーは謎の男とされていたが、あらわれたのは木村だった。
しかしすぐに木村は剛竜馬を呼んで、馬場とのチームは分裂、今後は馬場と抗争することになる。
剛さんも鬼籍に入られてしばらくたつな。

長くなってきたので、ここで一旦中断、続きはまた。
posted by ガレージランド at 00:15| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

鈴木明子には

世界選手権、頑張ってほしいな。SPはだめだったけど、悔いなくフリーを終えることを祈っています。
posted by ガレージランド at 22:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月19日

マイクは死んでも離さない―「全日本プロレス」実況、黄金期の18年

なぜか今頃、倉持さんの本がでてくるとは意外。

数年前、なにかのプロレス雑誌(ゴングとか週プロではないやつ)で、インタビューされていて、ざくばらんに語っていた。
シークかだれかに本当に額を割られた時のこととか、古館と一回飲みに行ったとか、そんなこと。
スペインに今はすんでいて悠々自適みたいな感じだったな。
今度はどんな話なんだろう。
しかし買ってまで読むかなあ、自問。



ついでで申し訳ない、若林さんの本もあったんだぜ。




posted by ガレージランド at 17:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

昨日のアメトーク 狂犬 ディック・マードック

80年代から90年代のプロレスを芸人が語っていたのだが、これがなかなか面白い。

けどさ、マードックの白い尻は特別だ、あれ、まだMSGタッグリーグとかいう時代だったんじゃないかねえ、パートナーがマスクドスーパースターで、前田と木戸でしょ、相手が。
マードックといえばアドニスだもんね、その後は。

いや、面白かったよ、ホント、あのころのプロレスは。

小橋がレスラー生命の危機なんて報道もみたけど、マードックがゆうゆうとやっていたころが、プロレスの楽園だったよな。四天王を超えてこっち、外人がのんびりできる感じはなくなり、みんな格闘技に走り出す。

とにかく昨日、マードックを見れたのはよかったな。

垂直落下のブレーンバスター、全然すごそうじゃなかったけど、あれがフィニッシュになっていた。

posted by ガレージランド at 15:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

チーム青森がバンクーバー五輪出場へ カーリング女子



チーム青森が勝ったけど、負けた長野もなかなか良いチームみたいに見えた。
こうやって切磋琢磨してきたことが、バンクーバーで結果になるようにと祈るばかり。
posted by ガレージランド at 23:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月02日

東京はもっと静かに



オリンピックでもやらないと、外資が捨てて行った土地は余るし、ホテルも儲からないし、ゼネコンも仕事がなくなるから、一部は必死だが、一般人はそんなのどうでもいいわけだよな。
東京開催なら、野球とソフトボールはもちろん復活、柔道もルール改正、とか、何かネタが欲しかったかな。

オリンピックなんて決まると、また、再開発とか言って、タワーマンションが突然できたり、オフィスビルが唐突に沢山できたりするらしいから、もうそれはたくさん。
ああいう巨大なコンクリートの塊が作られ続ける限り、政権が変わろうが世の中の流れは何も変わらないと思う。
ダムを造らないのは大いに結構なのかもしれないが、あんな見苦しいものを作れる自由についてもっと考えてもらいたい。
posted by ガレージランド at 09:38| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

みっちゃんが辞めるってことは、ノアは大変だ。

プロレスリングノアの新体制は、田上が社長で、小橋とフジマルが副社長で、ドラゴンとみっちゃん、小川が取締役からはずれ相談役に。
田上の社長就任とフジマルの副社長就任は三沢夫人の希望だったという。その三沢夫人はノアの株の半分以上を保有しているというのが本当なら、オーナーの意向にそった経営陣の刷新である。
オーナー社長が亡くなって、社長夫人がその後を決める、って、そりゃあれだよな、あれだ。
なんだか危ない感じがする。
俺の後は田上、そしてフジマル、って三沢と話していたのかは、どこか信憑性に欠ける。まあ、田上って話していたとして、ドラゴン、みっちゃん、小川、ラーメン屋が相談役になるのも三沢の遺志?
みっちゃんはともかく、ドラゴンとラーメン屋を経営に残しておかないことは疑問だ。今度の役員たちにこの二人以上の商売の才覚があるとは思えない。不思議だが、これでまとまるのだろうか。
なにより、三沢夫人がでてきたことがキナくさい。株主だから、と本当に本人が言い出したのか、それとも田上を担ぐ勢力の根回しか。

そんなこと考えていたら、みっちゃんの退団騒動だ。

もともと日テレをバックに、三沢と仲野龍が仕立てた脱走劇が、分裂にまで発展して設立された「ノア」。百田光雄がノアに行ったのは「ノア」の正当性を担保したものであった。
力道山家の威光がどれほどのものであるかを今さら言っても仕方がないのかもしれないが、あの時はみっちゃんが三沢と組んだことで、ノアは官軍になることができた。レスラーも社員も全日本に残る理由がなくなった、渕と川田以外は。俺的にはそう見ている。
無口だが男気のある三沢、実務能力のある仲野、そして現場を仕切れ百田がそろったからみんなついていった。この3人を見送るのと、ついていくのとどちらが安心かということだったのではないかと思う。

「小橋社長の提案が通らなかったらか辞める」と報道されている。
常識的に無理だ、小橋が引退して社長に専念するなら別だが、それで興業が成り立つ陣容ではない。小橋副社長というのはぎりぎりの線だ。
みっちゃんの言うことに合理性がない現状では、個人的な感情のもつれとしかみれないが、60にもなり引退興行を口にしている選手の行動としては理解しにくく、もっと重大な理由があると推察するのは無理がないところだ。

これがノアのなかでなにかが進行している端緒なのか、今後に不安が残る。歴史の必然なのか?9年前を思いださせるのである。
posted by ガレージランド at 15:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

三沢がくらったバックドロップの写真

たまたまマンガ喫茶に入ったので、週プロをまとめて読んだ。
斉藤が三沢を投げたバックドロップの連続写真が掲載されていた。
ほぼ即死だったわけだから、三沢の後頭部がマットに叩き付けられた瞬間が、「その時」である。その瞬間の写真をみてしまった。
斉藤のバックドロップはすこし崩れていた。というか、こうやってひねるというか、投げっぱなしみたいな感じするのかな。よくわからないが、三沢の受け身は明らかに中途半端でアゴを十分に引いていないから脳天から落ちる感じだ。肩が回転していないから余計にクビに荷重される結果となった。
受けた後の三沢の体は無惨にくの字に曲がっている。不自然な格好だ。ケツが天井を向いたまま。ぐったりしている。
これが事実だろう。
しかし三沢がなぜ、という答えにはなっていない。

前田が三沢について語っている。(前田日明から見た「三沢光晴の死、そしてプロレスの未来」(前編))意外だったが、その話は興味深い。
三沢から距離があった人間で、プロレス自体を批判的に見ている人間が今回の件をどうみたか。それだけに重みが他と少し重みが違うような気がした。

前田によれば「その前にコーナーから投げ捨てられて、フラフラし始めたっていうんだけど、悲劇だったのはね、相手も、レフェリーも、セコンドも、みんなが『社長だから大丈夫だろう』『三沢だから大丈夫だろう』と思って、誰も注意して見てやれなかった。プロレスでは"セール"って言うんだけど、演技でするフラフラと、本当に効いているのと、ちゃんと見てれば分かるはずなんだけどね。それでも、頸髄(けいずい)離断っていうのは異常だよ。」となる。
異常、という言葉を使っている。前田にもやりきれない思いがあるのだ。セールって言葉も使って説明しているが、そういう事情をわかっているだけに、それは一般人とは違うのは当然だ。不運な事故ではなく、防げた事故、そういうことなのか。いやそれはタブーではないのか。確かにその検証は不可欠だが、関係者にはダメージになるような気がする。しかしそこをきっちりできるのは、前田なのかもしれない。

それに比べて内館牧子氏と門馬忠雄氏の対談。ナンバーにちょっとだけ載っていた。なんと対照的であろう。
内館氏が「カウント2.9」の美学を語れば。門馬氏はプロレス大賞のMVPをとらせなかったことを悔やんでいた。
posted by ガレージランド at 00:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。