2018年07月01日

寺山修司 関連書籍情報

ロミイの代辯: 寺山修司単行本未収録作品集
ロミイの代辯: 寺山修司単行本未収録作品集

寺山修司 時をめぐる幻想
寺山修司 時をめぐる幻想

この2点について、土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)の評は悪くない。

『ロミイの代辯』 寺山修司著

僕はアジテーターとしての寺山修司を理解するには時代の匂いとか音とかが必要であり、それがないと「山の少しく隠微でうしろめたくもヤンチャに華やかな、あの乱反射の不思議な魅力」がなく、角の取れた想像力の豊かさに触れるだけになるように思っている。
戦中、戦後を通して彼の生活の周辺で起こったことへの恨みつらみ、敗北感、疎外感などの劣化した感情の昇華として、時代を揺さぶる言葉と映像が残された。
彼の残した膨大な言葉の中に、未来を語るような内容を目にしたことがない。急進的で観念的な未来を語ることで人を酔わせることはなかった。未来に夢を託すような家庭に恵まれなかったことが影響しているのかもしれないが、それによりイデオロギーにも宗教にも偏ることがなかったのは彼の魅力となっていることに最近気が付いた。
日々、なにか生のきらめきを得たい、しかし成熟は拒否する、というのが寺山修司であった。あるべき論ではなく、面倒くさい劇団経営をなんとか誰かにおしつけながら、多種多様な社会のイベントに関心をもち飛び回った生活を想像しつつ、その社会がどんな時代だったかを理解すれば違う見方になるだろう。
例として寺山がいて、事件が歴史になってゆく様を40年近く見続けるという体験をしている私がいる。良いも悪いもなく、これからどうなるべきかとかなく、ただただ傍観することに決め込んでる。ことさら寺山修司を知ってもらいたいとか称賛したいという気持ちを持ったことがない。私から寺山を紹介されたり推奨したりされた人は数名を除き、誰もいないはずである。40年たっても寺山修司をうまく人に伝えられない、何に惹かれるのか、説明できない自分が続いている。たぶんずっとこのままなのだろうが、最近出版された2冊の中に私から見るとその答えがあるように思える。
posted by ガレージランド at 11:10| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月24日

片岡たまき 清志郎を語る

元マネが語る 忌野清志郎との日々


この元マネというのは片岡たまきという人

『あの頃、忌野清志郎と』著者・片岡たまきインタビュー ―たまらんニュース

あの頃、忌野清志郎と ~ボスと私の40年
あの頃、忌野清志郎と ~ボスと私の40年

誰もその人のことを話さなくなった時が、その人の本当の死である、なんてことも言うけど、語られるうちは生きているってことだ。

くだらない、本当にくだらない世の中になってしまって、清志郎だったらどんな歌にしただろう。
本当に清志のいないこの時代を生きているのは寂しくて悲しい。

MAGIC〜Kiyoshiro The Best - ARRAY(0x10d70418)
MAGIC〜Kiyoshiro The Best - ARRAY(0x10d70418)

このジャケットの写真の女性は誰でしょう?

徹子の部屋にでた時の清志郎自らが語っているよ、探してみよう
posted by ガレージランド at 11:41| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャジャ岩城(元リップクリーム) お元気なのだ

KYOYAの店のFBは懐かしい名前がいっぱい

昨日、ジャジャ岩城(元リップクリーム)が食べに来てくれました‼︎
後からゲジ(元シティインディアン、風来坊)も合流しました( ̄▽ ̄)

ジャジャからライブのチラシを頂きました‼︎

7月15日(日)@ 幡ヶ谷ヘビーシック

・あんたのバラードs アコギ弾き語り二人旅(ササキカズヤ with 藤沼伸一/アナーキー, Regina, 舞士)
・ジャジャ岩城(EX.リップクリーム) & 若林一也(EX.The FOOLS,The Pantz)
・NAOKI(from SA)

ジャジャ岩城と皇帝魚2018りさいたるツアー
8月6日(月)@ 松本サムサラ
8月7日(火)@ 高山ピースランド
8月8日(水)@ 高蔵寺カフェ花音

テンキューベリーマッチ 小山耕太郎! Vol.2
​8月10日(金)@ 高円寺ショーボート

ジャジャ岩城&若林一也
藻の月
Saybow & the R+X+S
凄いジャングル
aka-jam
The Ding-A-Lings
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2018年06月22日

「寺山修司のラブレター 私が出会った表現者たちT」

萩原朔美さんは前橋文学館の館長で活躍中なんですね。
朔太郎の孫ですからね。
寺山修司記念館の館長はいとこの寺山さんから、佐々木さんに代わられていましたが、記念館の館長はゆかりの人が務められるのが格調もあって良いと思います。

その前橋文学館で萩原さんは寺山修司のことも気にかけておられるようです。

「寺山修司のラブレター 私が出会った表現者たちT」
 萩原朔美館長が出会った表現者たちを取り上げる展示の第一弾として、多方面で活躍し「言葉の錬金術師」の異名をとる寺山修司が、妻となる九條映子(今日子/松竹歌劇団所属、女優)宛に綴ったラブレターを展示紹介いたします。 

前橋といえば敷島公園、あわせて訪れたいものです。

寺山修司のラブレター
寺山修司のラブレター
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2018年06月17日

三島由紀夫や寺山修司、岡本太郎の作品も 神保町の古書店による『KOMIYAMA TOKYO ART SHOW』


三島由紀夫や寺山修司、岡本太郎の作品も 神保町の古書店による『KOMIYAMA TOKYO ART SHOW』

KOMIYAMA TOKYO ART SHOW VOL.3 [ JAPANESE CULTURE SHOW ]
会期:2018年6月17日(日)〜27日(水)
場所:Basment Ginza(〒104-0061 東京都中央区銀座4-3-5 Ploom Shop銀座B1F)
posted by ガレージランド at 01:06| 東京 🌁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

FM東京、バカなラジオ、FM東京こそこそするんじゃねえ、オ〇〇コ野郎FM東京、と清志が歌った日

レビ史上に残る“放送事故”と子煩悩なロックスターのパパ

https://youtu.be/4AlYVqbyWwU

放送禁止語を含んだ他局批判を局側にはダマでやったわけだが、思えばなぜ清志氏がそんな暴挙にでなくてはならなくなった背景にあるどす黒いものは世間を覆ってしまった。
言葉の自動機械、正論しか述べない、それが劣化した感情の留飲をさげる行為から来るものであっても、それがどんなに立派なでない行為でも、一時的な悪い感情のはけ口になれば良い、そういう世の中。
炎上したくないから権力にすり寄り、本来の役目を果たせなくなったメディアは、忌野氏のような危ない人物をチェックなしで使うことはなかっただろう。星野源のようななにを言っているのかわからないが、やさしい人を使うだろう。
タイマーズのこの事件は音楽が音楽としてあった最後の方で、放送メディアがまた機能していたころの昔話である。知っている人だけが懐かしく、そして悲しく思うものだ。次に引き継げないという現象面から、ロックンロールというものの生態が分析できるだろう。ロックンロールは立派な大人たちが、立派な保守がいないと成り立たないのである。カウンターカルチャー、アンチテーゼがきらめくためには、正当な保守が必要だ。
それが今どうなっているか。ウソをつきまくり、合理的な説明ができないことが政治的言説となって国家を動かし、国民の財産を自由に使っている。
この放送事故のあったころは平成になったばかり、竹下内閣が倒れ宇野内閣から海部内閣に移っていったころである。今の自民党と比較するのが申し訳ないくらい、人材が豊富で立派な人が多かった。野中、梶原のような官房長官がいれば現内閣でもかなりましであったであろう。


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2018年06月03日

寺山修司が死んで35周年 競馬ブックが60年 ミスターシービーが吉永を乗せてダービーに勝って35年 その年に福永洋一の息子がダービー制覇

前田長吉と寺山修司と山野浩一の間で揺れる私

「寺山修司と競馬」というお題、語ることのできる人も少なくなってきたように思える。
寺山が最も愛したジョッキー吉永正人も鬼籍に入り、早12年である。
ミスターシービーが驚異の追い込みでダービーを制覇することを知らずに逝ってしまったことに悲嘆していた大川慶次郎もいない。
寺山を競馬に導いた山野浩一も昨年旅立った。

寺山が何万ものドラマを創造した競馬という舞台、予想というシナリオは時を経て大きく変わってしまった。
競馬という辺境のヤクザな楽しみが、誰でも気軽に楽しめる娯楽として定着し、今やネガティブなイメージはない。その一方で地方競馬は廃れ、アラブなどという品種のレースもなくなった。
サンデーサイレンスの血が大繁栄し、メジロ牧場はなくなり、シンボリブランドも消え、吉田牧場が競馬をビジネスにした。
古典を読まない、歴史を学ばない、このような時代において、寺山修司の想像力が人々に訴求するのか、私は極めて懐疑的である。
「人生は何度でもやり直せる」ことを週末の競馬で夢想し想像力の飛行力で自由を謳歌した寺山修司。その空をかけてゆく雄姿はアンチヒーローとして揺るぎのない価値があったのだ。

「寺山修司と競馬」を語るうえでは、彼の頭の中を駆け巡った馬と騎手、その時代背景を知らないとなんにもならない。
時代そのものを語らなくては「寺山修司と競馬」を語ったことにはならないと断言する。

一方で語る人がいなくなった時、それがその人の本当の死である、なんて葬式の時に坊さんが話すことは本当である。
「寺山修司と競馬」を語る人がいる間は、寺山もあの当時の競馬もまだ生きているのと言ってよいだろう。
それにあの当時の価値があるのかはわからない。
私が思うのは馬券を買え、ということだ。寺山修司が何を買うのか予想するのだ、そして損をする。
ちなみに私の競馬は敗北の歴史である。その原因はすべて寺山修司にある。予想上手の馬券下手、儲けよりも、こっちが勝ったらすかっとするなあ、とか思う方を買って損をする。
「今までの馬券の収支はプラスですか、マイナスですか」との問いに寺山は質問で返した。
「あなたの人生はプラスですかマイナスですか」
こういう答えはしないでしょ、今時。
面倒ですよね、こういう親父。
リアルの寺山修司はこんなもんなのだとうと思うのだが、存命していたらね。
「寺山修司と競馬」と同じように、寺山修司で商売している人がまだまだいるのだけど、その点では寺山は三島に勝っている。喜んでいるだろうな。
三島が生きていれば御年93歳、全然不思議ではなくて、ノーベル賞でも取っていただろう。寺山修司が生きていたら、なんてことは考えたくもない。
posted by ガレージランド at 12:52| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする