2013年07月08日

会津の抵抗論

抵抗にこそ祝祭があり、生命のきらめきがある。
夜の闇の中で息を潜め逆襲を企てるもの、明日の過酷な防戦に備えて心を開き団結を誓う一団、そこには自由があり連帯がある。

「八重の桜」の5月からこっちは、徳川がだめになって、会津が追い詰められていった。
会津の素朴で単純な精神からすれば、都で起こっていることには大切なことが欠けていた。「義」がない。孝明天皇からの信頼が厚く、誰よりも朝廷に尽くしてきた会津が朝敵となることは明らかにおかしなことだ。
この欺瞞を力で押し込め、展望のないまま頂点についたのが長州であり薩摩であり公家たちだった。理想などなく、ただの権力闘争であった。「八重の桜」では見事なまでにこのことだけを語っている。今までここまで話を省いた例はないだろう。西欧に対抗するため、民衆を救うため、いろいろな苦悩の中で、頼りにならない幕府を倒すということになってしまった、というのが一般論であり、明治以来のいろんなことがこの枠組みのなかで消化されてきたはずである。徳川が帝を軽視し、政をおこなう能力がないので、徳川を排除し、薩長が朝廷中心の政体を作る、くらいの適当な話である。戊辰のころに明確な国家像があるわけでなく、結局のところ戦国時代の続きで、本能寺の変と変わるところがない、極端すぎるが。
戦国時代と違う結果となったのは、西欧、特にイギリスとロシアの存在だったろう。イギリスが清を侵略しなければ、イギリスがたやすく日本に来ることはなかっただろう。ロシアが南下を意図しなければ、島津斉彬は吉之助に違う話をしただろう。
明治維新をきっかけにして日本は急速に近代化した。国際社会における日本の地位の高さは東アジアにおける産業革命と民主的な政体改革を明治時代におこなったからである、と歴史の教科書はずっと教えている。そういう意味では、勝者=官軍の神話がその前におかれている不合理で陰惨な経過を省いている。暴力的に陰謀と策術を用いて、帝の権威を背景に、と。気に食わない、邪魔な者は武力で血祭りに上げ、暮らし親しんだ土地から追い出したのである。正義はここでも勝者のものであり、敗者には惨めに寒くて貧しい生活を強いた。これが近代的国家の成立だというのであれば、なんというパラドックスだろうか。

恥ずかしながら、会津の人たちがなぜあれほどまでに抵抗したのか、長い間よくわからなかった。今回、考えてみてよくわかった。
会津の善良で無辜の人たちが必死に抵抗し、殺されて行く。いたたまれない気持ちでこのドラマの見続けている。このような図式で今の世界のどこかで抵抗し殺されてる人がいることを想像せずにはいられない。自分の故郷を義をもたぬ強大な武力により蹂躙されることに抵抗する、この美しい行為に動員され死んだ人は数限りないだろう。
歴史を歪めるた報いは、この国の今のありさまであるというのは大げさだろうか?
アメリカへの服従が生き残る術であったはずが、今はすべて、となった。アメリカを通してしか世界が見えない。それで良いのである。それを自らが選んだ、そんな話になってしまっている。それではあまりに情けないので、プチナショナリズムが容認され、あいまいで形のない伝統回帰を叫んでいる。永続敗戦ではない。永続官軍なのである。そこには敗者はいない。この国は明治維新を成し遂げた優秀な民族なのである。みなが靖国にいけるのだ。

大河ドラマの会津といえば、
それは私がこのブログでもすでに取り上げている「獅子の時代」の平沼銃次である。

八重は会津戦争の後、京都に移るが、平沼銃次は青森、東京、九州、網走、そして秩父へと転戦する。
維新、西南戦争、そして自由民権、最後に秩父事件。

興味があれば絶対に獅子の時代をみてください。



さらに秩父事件にも興味がわいたら






posted by ガレージランド at 18:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 劣化していることを憂う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月06日

かたき討ちの時代

担任「やりすぎんなよ」 大津自殺、暴力見た生徒が証言
7月6日(金) 17時38分配信 朝日新聞
 大津市立中学2年の男子生徒(当時13)が昨年10月に自殺した問題で、同じ学年だった複数の生徒が、教師がいじめたとされる生徒の暴力行為を見ても、「あんまりやんなよ」と言いながら、ほとんど止めようとしなかった、という趣旨の証言を生徒の家族にしていたことがわかった。

この教師にも家庭があり、子供があるのだろうか?

あきらかにこの教師には問題があり、その問題を可視化された仕組みのなかで適正に処分できないのであれば、滅亡するほかないように思える。

滅亡した後に、復讐を許さざるを得ない社会となればいい。
かたき討ち、大賛成である。

我々の祖先はそうしていたのであるから、それにならうべきである。
復讐する権利を国家に一時的に預けていることを思い出すべきである。

posted by ガレージランド at 18:21| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 劣化していることを憂う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。