2013年07月22日

やられたらやりかえす 倍返しだ!

半澤ナオキってドラマで、堺正人の決め言葉らしい。

へそ曲がりの私はこの手の銀行屋さんがかっこよく見えるドラマは徹底的に嫌いである。
そもそも銀行が嫌いなのだから。

利息なるものを取ることを認めてしまったこの世は悪魔との取引をしてしまったようなものだ。
資本主義というものはこの利息があってこそ。何でも保険に変えてしまい、貨幣がいつのまにか貨幣を生む、人間は働かないのに、という世界。
悪魔的である。

その昔、利息はとってはいけないものだったのだよ。
働いてこそ何ぼ、である。お金がお金を生むので、働かなくて済む、なんてことは罪なのだ。
悪魔的というのは、そのことが善となり、その制度機構が銀行である。
共産主義という理性の進化の理想の前に立ちはだかった資本主義はその悪魔的な銀行が止まらない心臓だ。
利息なんてものをつけて金を貸すから、利息よりも多く成長しないと破産するのだ。ここが膨張し続け、欲望に制限のかからない経済の元凶である。100万円借りて、100万円の収入を得る商売をやっていても破産なのだ。100万円プラス利息が銀行に返す金で、最低限これを得ないと話しにならない。
だから永久に経済は拡大しないといけない。経済の拡大が前提にないと銀行は不要である。
人間のもつ限りない欲望が資本主義を走らせていることに否定の余地はないが、それを仕組として支えているのは銀行である。
だから銀行なんてものは悪魔的で、人の生き血をすすって生きているものだ。

銀行屋がヒーローになるのは馬鹿馬鹿しく、そんな話はファンタジーだろう。
銀行屋にもファンタジーが必要だろうが、ファンタジーに金貸しは要らないのだ。
posted by ガレージランド at 16:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ 映画 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック