2013年07月24日

八重の桜 会津開城を見終えて

会津は逆賊なんかじゃねえ、
俺はそう思うので、逆賊呼ばわりした方がおかしいと断言する。

城山三郎の小説に広田弘毅のことを書いた「落日燃ゆ」という小説がある。
広田は「戦犯」として東京裁判で処刑を科せられた。その小説の中で、戦争に負けた時か訴追された時かどこかで「これで薩長の政府は終わる」とつぶやくシーンがある。
薩長の藩閥政治は明治から継続し、敗戦し国土は荒廃し多くの人命が失われた。

会津開城の回の中ではところどころに官軍の驕りが見せられた。
それを戒めた西郷は「死者に恥じることない新しい国をつくらなければ」みたいなことを言う。
明治という国家は良くて、昭和という国家は変質しだめになった、というのは司馬遼太郎を親玉として、多くの人が言っていることである。しかし私はそれを否定はしないまでも、もっとよくその内容を知るべきだと思う。明治国家がどこまで良かったかというとそれは偶然の産物でしかなく、根本は正義を語る資格がない一部の人間たちが始めたのである。

反対勢力を逆賊に仕立て、追い込んで破滅させて行く。正義などあるのだろうか?

会津は逆賊じゃねえ、相当なレベルで歴史の一般的な命題を表している言葉である。
まあ、綾瀬はるかが言うから、2割3割価値があるように見えてしまったのかもしれない。
会津は逆賊ではない、これは明らか。権力戦争であった。
それなのに靖国神社には会津の戦死者は祀られておらず、遺族の意思に反しても前述の文民の広田は祀られている。
私たちが祖国として誇るべきこの国がこんなことでいいのかと思う。

会津の苦しみはその後も延々と続くのである。
旧陸軍の機構のなかで、会津にあった第二師団はガダルカナルの前線をまかされ、悲劇はここでも起こるのである。
そして現在福島全体が、復興が迷走し、放射能汚染に苦しむ。わが祖国の福島に対する仕打ちは酷いと思う。
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2013年07月22日

やられたらやりかえす 倍返しだ!

半澤ナオキってドラマで、堺正人の決め言葉らしい。

へそ曲がりの私はこの手の銀行屋さんがかっこよく見えるドラマは徹底的に嫌いである。
そもそも銀行が嫌いなのだから。

利息なるものを取ることを認めてしまったこの世は悪魔との取引をしてしまったようなものだ。
資本主義というものはこの利息があってこそ。何でも保険に変えてしまい、貨幣がいつのまにか貨幣を生む、人間は働かないのに、という世界。
悪魔的である。

その昔、利息はとってはいけないものだったのだよ。
働いてこそ何ぼ、である。お金がお金を生むので、働かなくて済む、なんてことは罪なのだ。
悪魔的というのは、そのことが善となり、その制度機構が銀行である。
共産主義という理性の進化の理想の前に立ちはだかった資本主義はその悪魔的な銀行が止まらない心臓だ。
利息なんてものをつけて金を貸すから、利息よりも多く成長しないと破産するのだ。ここが膨張し続け、欲望に制限のかからない経済の元凶である。100万円借りて、100万円の収入を得る商売をやっていても破産なのだ。100万円プラス利息が銀行に返す金で、最低限これを得ないと話しにならない。
だから永久に経済は拡大しないといけない。経済の拡大が前提にないと銀行は不要である。
人間のもつ限りない欲望が資本主義を走らせていることに否定の余地はないが、それを仕組として支えているのは銀行である。
だから銀行なんてものは悪魔的で、人の生き血をすすって生きているものだ。

銀行屋がヒーローになるのは馬鹿馬鹿しく、そんな話はファンタジーだろう。
銀行屋にもファンタジーが必要だろうが、ファンタジーに金貸しは要らないのだ。
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2013年07月21日

いやいや、沈む国を愛すのか

2011年、地震で大変な目にあって、関東に住む僕の周りはみんな考えたはずだ。これまで通りではいけない。
少なくとも東日本の人はそう思うことに不自然さはなかったと思う。西の人はどれだけそう思ったかは知らない。神戸の地震の時に東の僕がどうだったかを振り返ってみることができた。やはり想像力など大したことない。恐ろしい目にあった人間としか共有できない類のものであろう。あの時の自分は甘かった、そして今回、西の人がどれだけ「これまでの通りではいけない」と思ったかどうかを疑う。これも不思議なことではない。放射能の恐怖などはわからないだろう。
西の人は仕方がない、でも東も大したことはなかった。「これまで通りではいけない」具体的には原子力依存、そして地震の前から続く経済規模の拡大信仰への疑問、世界の中で日本、それらの自明の枠組みを容赦なく考え直さないと私たちの命が危ない、そういう空気は確かにあった。でもすぐに消えた。それでわかったのである。こういうものかと。
いろいろひどい目にあって、そのたび復興して、それが日本の強さだから団結してがんばろう。歴史的にはそうなのだが、そこが歴史の甘いところだ。一面しか、ほんの一面しか後世に伝えられないのだ。残念がらそれを体感し思い知った。地震や戦災、国土が荒廃し多くの人命が失われたことは何度もある。しかしそのたび乗り越えてきた、そんな話は本当でもなく嘘でもない。確かに壊れたところが修復され、震災の悲惨さを思い出すような風景はなくなってきた。それはいいことだろう。でもそれだけだった、ってことでも良いのだろうか?
ドイツのジャーナリストが今回の参院選挙について述べていた中で「日本は震災によって大きく変わるチャンスを生かせなかった」と指摘していたが、その言葉については同感である。同じではないのだが、前からあった流れの一つにのったのだ。新しい流れは作れなかったのだが、その兆しはあっただけにより悲しむべき現象であった。
超高齢化、産業構造改革の端緒にもつけず、有無を言わさずアメリカの経済圏に飲み込まれてゆくのなら、沈むしかない国である。原子力を継続することがこの国のなにを守り、それとともに滅ぶという覚悟でもあるのなら最敬礼だが、結局場当たり的なその日暮らしである。その日暮らしなどは、アベくんにでもやらせておけ、という奥の院があるようなないような・・・
そして本日、自民党が参院選挙で圧勝である。アベノミクスへの評価などということで積極的に投票した人がどれだけいるのだろうか。まったく実感がないのだが、実感があるのはあれだけの災厄にあってなお、やはりまだ変わらなかったという失望である。どうやったら変わるのか、という難問が解決できない失望である。
維新がそれほど伸びず、共産党がある程度の受け皿に、なんだろうが、枠組みが変わらないのである。安倍氏がかついて、なにをさしたのか「戦後レジームからの脱却」と唱えていたが、こんなんでそれが成り立つのであろうか?改憲して税金をあげても何にも変わらないと断言できる。
ただだた、明日もその先も、我が祖国を守れなら自分からはじめなければ、というそのことだけが暗澹と続くことにやや呆れつつある。
posted by ガレージランド at 22:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ 映画 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

池上彰 血祭り録 2013年参院選挙

山本大臣(群馬) 「7つの担当を言ってもらえませんか」(彰)
         「(5つまで言って)あと2つあります」(山本)
         「残りのふたつも大事ですよね」(彰)で終わる
     
「丸川珠代さんは6年前投票にいっていませんでした。それで立候補されて当選していました。事務所をでられたということで番組への出演の約束を果たしていただけませんでした」

「予算をもってくるのが自分の仕事」自民党佐藤議員
「農業に従事していない、農協の3代目、山田としお候補 農協に支えられた候補 農家の人たちはそっぽを向いている」
「安倍総理はオバマ大統領からい嫌われているのでは」(彰)
「心配性ですな、同盟関係にある国で信頼はあります」(安倍)

その後、石原共同代表の出演の約束も果たされず、

大丈夫なのか番組として???

共産党には
「共産党という名前をやめたらという話をしたことがあるのですが、資本主義の否定を目指しているので共産党という名前は変えられないとおっしゃっていた」
社民党は
「共産党と同じように見えますが、共産党の勢いとは違った結果となったことをどうみていますか(福島氏にたいして)」
神奈川で当選した公明党さんに
「(選挙支援をすることが信仰を深めることであると証言する学会員のVTRを見せたあとで)政教分離の原則をどうお考えか」この公明党さんは自分も学会員であることを認めつつ「宗教活動を制限することなどを公明党はしていないから、政教分離の原則には反しない」との見解。
鈴木宗男が秘書時代(1975年)に就職斡旋の陳情を受けていたVTRを紹介して、本人に確認。

と、いろいろあったが、全体としては昨年の総選挙ほど面白く無かったです。

議員先生方もガードしてきましたね。




posted by ガレージランド at 21:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ 映画 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月08日

会津の抵抗論

抵抗にこそ祝祭があり、生命のきらめきがある。
夜の闇の中で息を潜め逆襲を企てるもの、明日の過酷な防戦に備えて心を開き団結を誓う一団、そこには自由があり連帯がある。

「八重の桜」の5月からこっちは、徳川がだめになって、会津が追い詰められていった。
会津の素朴で単純な精神からすれば、都で起こっていることには大切なことが欠けていた。「義」がない。孝明天皇からの信頼が厚く、誰よりも朝廷に尽くしてきた会津が朝敵となることは明らかにおかしなことだ。
この欺瞞を力で押し込め、展望のないまま頂点についたのが長州であり薩摩であり公家たちだった。理想などなく、ただの権力闘争であった。「八重の桜」では見事なまでにこのことだけを語っている。今までここまで話を省いた例はないだろう。西欧に対抗するため、民衆を救うため、いろいろな苦悩の中で、頼りにならない幕府を倒すということになってしまった、というのが一般論であり、明治以来のいろんなことがこの枠組みのなかで消化されてきたはずである。徳川が帝を軽視し、政をおこなう能力がないので、徳川を排除し、薩長が朝廷中心の政体を作る、くらいの適当な話である。戊辰のころに明確な国家像があるわけでなく、結局のところ戦国時代の続きで、本能寺の変と変わるところがない、極端すぎるが。
戦国時代と違う結果となったのは、西欧、特にイギリスとロシアの存在だったろう。イギリスが清を侵略しなければ、イギリスがたやすく日本に来ることはなかっただろう。ロシアが南下を意図しなければ、島津斉彬は吉之助に違う話をしただろう。
明治維新をきっかけにして日本は急速に近代化した。国際社会における日本の地位の高さは東アジアにおける産業革命と民主的な政体改革を明治時代におこなったからである、と歴史の教科書はずっと教えている。そういう意味では、勝者=官軍の神話がその前におかれている不合理で陰惨な経過を省いている。暴力的に陰謀と策術を用いて、帝の権威を背景に、と。気に食わない、邪魔な者は武力で血祭りに上げ、暮らし親しんだ土地から追い出したのである。正義はここでも勝者のものであり、敗者には惨めに寒くて貧しい生活を強いた。これが近代的国家の成立だというのであれば、なんというパラドックスだろうか。

恥ずかしながら、会津の人たちがなぜあれほどまでに抵抗したのか、長い間よくわからなかった。今回、考えてみてよくわかった。
会津の善良で無辜の人たちが必死に抵抗し、殺されて行く。いたたまれない気持ちでこのドラマの見続けている。このような図式で今の世界のどこかで抵抗し殺されてる人がいることを想像せずにはいられない。自分の故郷を義をもたぬ強大な武力により蹂躙されることに抵抗する、この美しい行為に動員され死んだ人は数限りないだろう。
歴史を歪めるた報いは、この国の今のありさまであるというのは大げさだろうか?
アメリカへの服従が生き残る術であったはずが、今はすべて、となった。アメリカを通してしか世界が見えない。それで良いのである。それを自らが選んだ、そんな話になってしまっている。それではあまりに情けないので、プチナショナリズムが容認され、あいまいで形のない伝統回帰を叫んでいる。永続敗戦ではない。永続官軍なのである。そこには敗者はいない。この国は明治維新を成し遂げた優秀な民族なのである。みなが靖国にいけるのだ。

大河ドラマの会津といえば、
それは私がこのブログでもすでに取り上げている「獅子の時代」の平沼銃次である。

八重は会津戦争の後、京都に移るが、平沼銃次は青森、東京、九州、網走、そして秩父へと転戦する。
維新、西南戦争、そして自由民権、最後に秩父事件。

興味があれば絶対に獅子の時代をみてください。



さらに秩父事件にも興味がわいたら






posted by ガレージランド at 18:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 劣化していることを憂う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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